日本一小さな東照宮が鎮座する場所は家康の御殿跡

今回は千葉県船橋市。

船橋は千葉街道(東金街道)の宿場町・船橋大神宮の門前町・東京湾奥の中世以来の湊町の複合体。

船橋宿は、西から海神・九日市・五日市の三村から成る。

街道から北側へ一本入った道すがらにある「日本一小さい東照宮」看板。

この辺り一帯には、徳川家康が東金へ鷹狩りに行く際の船橋御殿があった。

秀忠のころまでは使用されたが、その後東金での鷹狩りが行われなくなり、船橋大神宮宮司家の富氏に下げ渡されたとされる。

この場所は、かつてあった「夏見潟」という大きな入江の入口にあたる西側の岬の突端で、船橋大神宮のある東側の岬と対をなしていた場所。巾着袋の両端のようなイメージ。

元々は富氏の居館だったところを家康に提供し、使われなくなった後にまた富氏に戻されたというのが実情と思われる。

同じく船橋御殿跡の中にある御蔵稲荷は、飢饉の時の備蓄米などを収めていた九日市村の郷蔵があった場所。

太宰治が、この少し先に1年半ほど住んでいたことがあり、この稲荷の場所が好きでしばしば来ており、境内で撮影した口絵写真などもある。

ここすぐ南側の街道に架かる橋が、「船橋地名発祥の地」とされ、先に述べた日本武尊が小舟を並べて橋としたという。

この千葉街道は、市原にあった上総国府と市川にあった下総国府を繋ぐ古代東海道の支路だった道でもあるため、船を並べて橋とするだけのことがある道。

橋の架かる海老川は、源頼朝がこの川で採れた海老を食べて美味いと言ったいうのが由来で、小舟を並べて橋とした話より疑わしい。

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